tapahs焼くこと
ヨガ yoga ヨーガ
インドより古くから伝わってきた考え方。
頭に浮かぶ不安や怒り、評価などなど思考を一度止める一つのツール。
生きているうちに悟りを開くと大きな結果ではなく、日々の心のもやもやを軽やかにしてくれるヨガ。
旧暦があけた今。
私は人との価値観の違い、氣が合うということを苦しいほど味わっている。
この苦しみをヨガ哲学的に考えると、ニヤマ(勧戒)の『苦行』にあたる。
この苦行は直訳では焼くこと。『苦行によって、身体と感覚の不浄が消え、超自然力が得られる』とある。
"焼く"時には何らかの熱と痛みがある。苦しみを味わう、苦痛を受け入れること。とある。
肉体のタパス(苦行)は断食によって余分な脂肪と共に身体に蓄積された毒を焼く。
心のタパス(苦行)は古い印象を焼き、ことばのタパス(苦行)は沈黙を守ることによって話すことを抑制する。とある。
美辞に喜び、悔言に腹たつのなら、まだわれわれの心が強くないのだ。侮辱の一言がわれわれの弱さを教えてくれる『適応し、調整し受け入れよ、中傷に耐えよ、それが最も高い修行である』侮辱されても静穏な心を保つならば、数千回のマントラ(聖なる言葉)より優れている。
焼くことでどんなものでも純化されていく。
この胸の分かり合えないように感じる苦しみもきっと純化されるだろう。
また、このことによって自分がいかに恵まれていることにも氣づく。
足るを知る。
これもヨガ哲学でサントーシャという『知足』にある。
私がヨガを好きな理由の一つにこのヨガ哲学がある。
ヨガ哲学が氣になる方はぜひzoomなどでも段階を追って日常に活かせるヨガ哲学をしていますので、お声がけくださいませ。
どんなことも今の自分の心の反映であり、学びである。
私はヨガと出会ったことで、いくらか考え方に幅が広がり、あれもこれもとブレない信頼できる心のマザーツリーがある。
分かり合えない、ないないものではなく、あるものに満足していきたい。
頭でわかっていても、なかなか折り合いがつかない、受け入れられないこの心。
きっとそれが今の私の課題と氣づきなんだろう、、、と心は変えづらいので、身体を逆さまにしてみる。
心より身体、身体より呼吸。
まずは呼吸に意識を置いて。
この今日も生きている自分自身と環境に感謝。
0コメント